リッキー&960ポンドに参加

 宝塚歌劇団をわずか一年で退団した前野曜子は東京に戻ります。戻ってからの詳細は不明ですが、いつのころからか伝説のディスコ・赤坂KUGENに出入りするようになります。

 そこで運命の再会がありました。宝塚音楽学校に教えを受けた亀淵友香さんがMUGENにやってきたのです。再会を喜び合い、何度か会ううちに歌を歌ってみないかと誘われます。
 そしてリッキー中山さんと引き合わせ、リッキー&960ポンドに参加することが決まりました。リッキー中山さんがオーディションで歌わせたのがジャズナンバーだったようです。

 リッキー&960ポンドは1968年から活動したようです。960ポンドとはまさにメンバーの体重の合計だったようで、「大きいことはいいことだ、中身が充実してて濃くて重いってことだから」などと紹介されています。

 この時から前野曜子の歌い方は、後年のジックリ聴かせる歌い方とは違って、ポップな歌い方をしていました。1969年には「ワッハッハ」というポップソウル歌謡の名曲をヒットさせたのでした。

証言 1

 私は昭和44年頃、赤坂付近のディスコに時々遊んでいました。ある日、亀淵由香さんが一人のかわいい女の子を連れてやってきました。ダンスもうまく、亀淵さんとはとても気が合っていました。亀淵さんは彼女のことを「アリちゃん」と呼んでいたように思います。本名はわかりませんでした。

 その一緒にいた女の子が、数年後に「別れの朝」を歌って大ヒットさせました。芸名も前野曜子で、初めて見かけたころよりも大人の女性になっていました。

 ディスコ時代よりもすっかり大人の女性になっていました。

(調布市在住 Mさん)



(前野曜子を偲ぶ会の拠点・横浜BLUE JAY)


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