私的二輪史研究 オートバイの歴史
「日本のオートバイの歴史」

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日本国内で走った最初のオートバイ

 明治29年(1896)年の中央新聞に、「一時間哩の自転車運転」の記事が載ります。掲載されたモーターサイクルはドイツ製のH&Wでした。その件はほかの新聞社でも報じて結構話題になったようです。
 
 記事によると、十文字伸介氏は正月早々に到着したH&W号を試運転を行い、1月19日に東京ホテルから皇居にかけて走行予定であると予告しました。

 この走行は予定通り1月19日に行われました。その様子を1月21日に日本新聞が報じました。

 このH&W車を輸入したのは十文字信介でした。十文字商会店主として知られ、最新の機械輸入に熱心な実業家として知られていました。

 十文字信介(1852−1908)は、宮城県選出の衆議院議員、猟銃の名手及び鉄砲業、農業雑誌の発行者として知られ、名家百家にも掲載される名士でした。陸全仙台藩の支藩湧谷藩士として生まれ、明治4年に上京し、英学を修め、津田仙(津田梅子の父)の学農社で働きます。

 明治23年に行われた我が国初の総選挙に出馬し当選しますが、政界の汚職体質に失望し、第2回総選挙には出馬せず、その後は農機具の輸入や肥料の販売に力を注ぎます。オートバイの輸入は、農機具や肥料の輸入の片手間に行ったようです。

 

国内を走った最初のMC H&W号 
十文字信介 
新聞記事
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