私的二輪史研究 オートバイの歴史
「日本のオートバイの歴史」

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世界で最初のオートバイは?

世界最初のオートバイと認知されているのが、1885(明治18)年にドイツのゴットリーブ・ダイムラーとウィリヘルム・マイバッハが製作した「二輪的自動車」です。
この年の8月25日にオートバイの試作に成功し特許を取りました

 このオートバイは、木製のフレームに264ccのエンジンを搭載したものでした。馬力は0.5馬力で前後輪の間にシリンダーを直立に置き、背の高いサドルが特徴です。

 そのサドルの高さのためにライダーは地面に足をつけるのが難しく、子供の自転車のような補助輪が左右に設けられています。

 このオートバイは、四輪自動車を制作するにあたっての試作品というべきものでしたが、オートバイが石油系燃料を利用した内燃機関で走るという定義をするならば直系の先祖ということになります。

 1884(明治17)年、ダイムラーとマイバッハの「二輪的自動車」よりも1年早く、イギリスのエドワード・バトラーが2サイクルの機関を動力とした三輪車の特許を取得しています。 これはペトロサイクルと呼ばれ、実際に完成したのは1888(明治21)年だったためダイムラーの二輪的自動車よりも評価は低いのですが、ある意味ではオートバイのルーツということができます。 当時の人たちは、二輪車も三輪車も同じものと考えていたようです.

 ダイムラーの「二輪的自動車」とバトラーの「ペトロサイクル」のどちらをモーターサイクルの元祖とするかは、ある程度の先入観に基づく問題といえます。

 実際に製作することと理論を考えることのどちらを元祖とするかなどの難しい問題を含んでいます。この問題を考えるときに避けて通れないのが「自転車」の発達史です。

 また、三輪車を自動車により近いものと考えれば上記のペトロサイクルはオートバイと関係ないと言うことになりますが、当時の三輪車が全面的に自転車工学に依存していたことを考えると当時の三輪車もオートバイの歴史に一定の役割を果たしたことになります。

ダイムラーの二輪的自動車 バトラーのペトロサイクル

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