白帯の優勝

 昭和4106日、全国中等学校柔道大会で優勝を成し遂げた。選手は全員白帯であり、北海中学、秋田中学、会津中学や津山中学などをなぎ倒し、参加60校の頂点に立ったのであった。世間では「白帯の優勝」と書き立てた。

 栄えある福中選手は先鋒・乗上喜一郎、次鋒・古舘伝三郎、中堅・横井明、副将・荒谷三吉、主将・觸澤次郎であった。

 福中の戦績は、一回戦不戦勝、二回戦2−0横浜一中、三回戦2−0会津中学と退けた。このあたりから、岩手の福岡中学はどこにあるかと騒がれ始めた。どうも九州ではないようだと福中選手の戦いぶりに注目が集まった。

 準々決勝は北海中学との対戦となった。北海中学の主将は三段と言われ、北海道東北随一の選手であったが、福中主将の觸澤選手の払い腰が見事に決まった瞬間は観衆が唖然とした。福中3−0。

 準決勝は新庄中学であったが、準々決勝の北海中学を破って勢いに乗る福中は3−0の危なげない勝利で決勝戦に進出したのであった。

 決勝戦は秋田中学との対戦となった。先鋒の乗上選手出場、敵は二段ともいわれている強豪であったが、攻めに攻めて相手を横にし、ぴたりと腕固めを決めた。三十秒経って一本。工藤監督の「最後だ。死んでも勝て!」の名言が飛び出した。

 次鋒の古舘選手、元気百倍で登場し、自分の倍もありそう相手と奮戦したが、惜しくも引き分ける。

 中堅の横井選手、逃げ回る相手にてこずり引き分け。

 副将の荒谷選手、相手は倍のありそうな選手。ちょっと見れば大仏のような体格であったが、攻めに攻めて引き分け。

 大将の觸澤選手は圧勝であった。開始早々から相手を手玉に取って、三十秒での一本勝ちであった。

 大会を振り返ってみると、福中は無敗での優勝であった。中でも大将の觸澤選手は五試合すべて一本勝ちであった。

 この大会に補欠として出場し、個人戦だけに出場した横浜三太郎選手が寝技だけで準優勝を果たした。この選手は風変わりな選手で、立ち技の感覚がほかの選手と違っていたので、徹底的に寝技だけを鍛えたというものであった。

 



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