ストーム 熱き胸の高鳴り

 がっちり肩を組み円陣を作る。応援団幹事のかけ声とともに深紅の「H」旗が素早く振り上げられる。「レッディー」「ストーム」「凱歌」「エイン・ツヴァイ・トライ」「ゴー」と応援団幹事の勇ましい声とともに、「臥薪の夢に・・・・」と大声で歌い出す。 

友と肩を組み足を振り上げながら勝者を囲みながら回る。足の動き、腰の手ぬぐいが美しい調和をしてまさに芸術である。無形文化財に指定しないのは行政の怠慢である。

 歌うのは凱歌ばかりではない。我が校の全ての応援歌がその対象になる。この時ばかりは学年は関係ない。上級生も下級生も踊りながら声を張り上げる。10曲も歌うと疲労困憊。学生服が破けることも常識だ。しかし、程良い疲労感と破れた学生服に何ともいえない青春の熱き心を感じるのが福高生である。

 さて、このストームが伝わったのは大正12年のことである。当時福中を卒業し第二高等学校に在学していた玉懸圭治が伝えたものである。第二高等学校が勝利の際に踊る「タンツエン踊り?」が手本と言われる。玉懸圭治は「凱歌」の作詞者でもある。自分の作った歌詞に第二高等学校の「凱歌」のメロディーを拝借した。

 ストームは勝利者を称えるだけではなく、卒業式、新入生の歓迎式などでも行われる。各武の優勝が決まった時にも会場近辺で行うこともある。野球部が負けた時など卒業生と在校生が泣きながら歌ったものだ。勝利の舞なのに負けても歌うのかと言う指摘はこの際無視する。いつの日か「甲子園」でストームを組みたいものである。

 9回目の甲子園出場の時、球場の外でやろうとしたら警備員に囲まれてできなかった。どうしてか不明である。球場外に的屋が出ていたころで、警備員と生徒がもめているところにスキンヘッドのお兄さんが「なんで止めるんだ。好きにやらせろ」と言ってくれたが、警備員の数がどんどん増えて断念した。




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