私的二輪史研究
「日本のオートバイの歴史」

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サンライズ号 (寺川ポンプ製作所)

 1912(明治45)年、東京の寺川ポンプ製作所の寺川竹蔵がトライアンフを手本に「サンライズ号」を製作した。オートバイ製造の計画自体は1909(明治42)年からスタートした。
 
 寺川竹蔵は明治42年春に東京工業高等学校を卒業。卒業と同時に麻布にポンプ機械工場を設立した。工業高等学校時代の恩師である米国人ウッドレスを通じて横浜の外人商館からトライアンフを入手した。このトライアンフを入念にスケッチし、友人達の協力もあってとうとう明治45年の春に4台が完成した。車の命名は恩師のウッドレスが「サンライズ号」と命名した。

 時の陸軍当局は直ちに1台を購入した。陸軍ではこれを指揮官車として採用した。大正5年には耐寒試験用のサイドカーを陸軍に納入したが、これを最後にオートバイから手を引き、ポンプ製作に専念した。

 どうして幻の国産2号車なのか言えば、実は写真などを見たことが無いからである。このサンライズ号の資料をお持ちの方があればぜひアドバイス願いたい。コピーしたトライアンフはおそらく1909年製の物と考えられる。そうすると、宮田製作所が作った「旭号」とほぼ同じ形と推定される・・・・が、真相は?

 
1909年型トライアンフ

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