糠部郡の分割について

 南部信直が豊臣秀吉から安堵された南部内七郡は、糠部、鹿角、岩手、志和、稗貫、閉伊、和賀の各郡である。この時期の文書には、後に糠部郡から分かれる二戸、三戸、九戸、北郡は、たとえば糠部郡の内三戸というように郡名の後に地名がかかれている

 それでは、三戸郡などはどの時期に糠部郡から分離したのであろうか

 今のところ、二戸郡、三戸郡、九戸郡、北郡の郡名が確実に確認できる資料は、寛永11(1634)年に徳川家光から南部家に交付された物である。

それによると、六戸、七戸、田名部までを北郡、一戸、金田市、福岡、浄法寺までを二戸郡、三戸、五戸、八戸、種一までを三戸郡、九戸、江刈、葛巻、久慈、野田までを九戸郡と書かれている。

また、南部領内の各郡については糠部郡から分かれた二戸、三戸、九戸、北郡については具体的な範囲が書かれているのに対して、鹿角郡、岩手郡、稗貫郡、和賀郡は具体的な範囲は書かれていない。このことは、この時期に糠部郡が四郡に分かれたことを示していると思われる。なお、閉伊郡は閉伊、遠野までと具体的な地名が書かれているが、おそらくは八戸南部氏の遠野移転に関連しての事と考えられる。

 本来は馬淵川流域に勢力を持っていた南部氏が、その本拠を盛岡に移したことにより、広大な糠部郡を統治するために分割する必要があったのであろう。





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