九戸戦における浄法寺氏

 浄法寺氏は南部氏の客将で、基本的には南部氏の家来ではなかった。九戸城の攻略では南部氏側についたが、一族の中に九戸城に籠った者も出て南部氏は、いずれの機会に浄法寺氏を取り潰そうと考えていた。

 慶長5年(1600)の最上征伐、続く和賀忠親の乱の平定に南部氏の客将として出陣した。九戸の一揆から9年後の事である。

 このころの浄法寺家当主は浄法寺重安で、その子重好は25歳の若さで和賀氏攻めに出陣した。冬になり三戸南部氏は三戸に帰ったが、浄法寺重好に和賀に残るように命じていた。しかし重好は南部家当主に断りもなく浄法寺に戻り、春になって和賀に戻った。

 そのことが南部家に知られることになり、「滞陣怠惰の罪」により所領を没収された。その身柄は分家筋の松岡家に預けられた。

 滞陣怠惰の件は言いがかりで、鎌倉期以来南部家と同格の浄法寺氏を何としても取り潰したかったのでないか。九戸一揆では南部家側に消極的に参加したことも、取り潰しの理由かもしれない。

 この浄法寺氏は後に新田開発を願い出て許可され、その子孫は現在に続いているようだ。この浄法寺氏の家臣に田中舘愛橘博士の先祖があり、源姓を小笠原と言ったことを博士自身が語っている。
 





戻 る


JA全農いわて あべどり焼き鳥バラエティセット (冷凍) (30本セット)
麸一番 岩手特産 南部ふ【板麸】 5袋 【約20g×5枚入】(手焼板麩)

九戸屋肉店「南部かしわ地鶏 せんべい汁セット(クール冷凍便)」南部かしわ地鶏使用のせんべい汁セット

価格:3,996円
(2019/3/24 16:25時点)
感想(0件)

inserted by FC2 system