一戸城主北秀愛のこと

 天正19年(15913月、九戸一党は蜂起し、一戸城、伝法寺城、苫米地城を攻めました。剣吉城主北信愛の妻は、南部晴政の五女で嫡子の秀愛は一戸城にはいっていて日が浅かったと言います。

 天正19(1591)3月13日 九戸勢の七戸家国は一戸城に夜襲をかけ、北秀愛は鉄砲の球を大腿部に受け深い傷を負い、三戸へ逃れたともわれています。

天正19年9月2日 九戸政実の戦いが終わると、北秀愛は戦いの功績によって、南部信直から城代として鳥谷ヶ崎城に赴任し、8千石を賜り城の名前を花巻城と改め、花巻の殿様に任命されます。

一戸城は文禄元年(1592)豊臣秀吉の命により廃城となりました。

地元には別の伝承も残されています。九戸一党の奇襲により秀愛は戦死し、三日城主と言われたそうです。剣吉から一戸城に入って日が浅かったのでそう呼ばれたようです。

 城の近くに北秀愛の墓があると言われています。広全寺の敷地内に「輝林善公大禅定門」の記された墓石が残っています。これが北秀愛の墓ではないかと言われています。別の説では、九戸城を攻めた際に負傷し、その傷がもとで亡くなったともいわれます。

 父の北信愛は、三戸南部氏が覇権を握るうえでの最大の功労者でした。嫡男の秀愛が先に亡くなったのは事実で、秀愛が死去したことにより、花巻城代に就任し8000石を領したといわれます。





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