南朝方の重鎮・七戸家国

 三戸南部26代の南部信直にとって、一族の重鎮七戸家国が九戸政実と手を組んだことは最大の危機でした。天正19年(1581)に七戸家が滅んだ後、南部信直は一族の南直勝に七戸の跡目を継がせます。その頃の南直勝は浅水を領有していたようです。

 慶長二年(1597)になり、直勝の長男である直時が正式に七戸を領有することとなり、七戸正直と称して2000石の大身となりました。正直は南部家の重鎮として盛岡への出仕が多く、実務は叔父の野辺地城主・七戸直次が行ったようです。

 七戸氏の祖は南部光行の三男(諸説あり)・南部朝清と言われています。七戸城を築いたのは南北朝時代の南部政長といわれますが、考古学的調査の結果からは14世紀後半の南部政光により築城されたと考えられています。

 南部政長は、新田義貞とともに元弘三年(1333)に起った元弘の役で北条高時を滅ぼした武将です。その後政長の子孫が代々居住し、八戸南部氏と共に南朝方の拠点となり、南北朝合一後も足利氏に屈しない南部氏は、多くの南朝方の人々がやってくる場所でした。

 戦国時代末期の城主・七戸家国は、七戸彦三郎とも言われ、南部一門の一戸城主・一戸実富、大里城主・大里親基らと、三戸城の本家・南部晴政の重臣となりました。

 天正19年(1591年)に七戸家国は、九戸政実と共に伝法寺城や六戸城を攻撃したあと、九戸城にて籠城しました。

 落城後は九戸政実らと共に栗原三迫まで護送されて、全員が処刑されたとも伝わっています。

また、「九戸軍記」によると、七戸家国は最後の突撃を行い、南部信直の陣に迫り、大声で城内の女子供の助命を嘆願したあとに、その場で自刃したと伝わります。






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