陸奥姉帯城 その2

秀吉軍の責任者蒲生氏郷が盛岡を出発したのが、826日とされています。本隊は火行を通り小繋方面から小鳥谷方面に進駐します。途中の高屋敷で蒲生軍は、山陰から鉄砲や矢の一斉射撃を受けます。蒲生軍は退去する暇もなく500人余りの死者を出したと伝わります。

姉帯兼正の地の利を生かした戦法でした。多くの被害が出た蒲生軍も、地理に不案内のため何の手立ても打てません。小鳥谷の仁昌寺で作戦会議を開き、姉帯城と女鹿舘を同時に攻めることに決定しました。この仁昌寺で蒲生軍は、本堂の仏像を壊すなどの狼藉を働きました。高屋敷の攻防で痛手を被ったことへの腹いせだったと思われます。

姉帯城の戦力は200名ほどで蒲生糞は3500名だったと伝わっています。攻撃は91日に始まりました。蒲生軍は「これしきの田舎城」と馬鹿にして渡河しますが、姉帯城では時を見計らって上流の堰を切ったのです。兵士が流されたところに鉄砲の一斉射撃を加え、多くの被害を出しました。

蒲生軍は一旦退き、大きく迂回して大手門から攻めます。徐々に城は包囲され、劣勢となり、城中では女も槍を持ち守りを固めますが、蒲生軍は波状攻撃を仕掛けます。場内は混乱し、戦力は見る見るうちに衰えます。

姉帯城主の弟の兼信は、最後に一矢を報いようと太刀を引き抜き敵陣に切り込んで壮絶な最期を遂げます。城主の兼興は九戸城に籠城して留守でした。救援に駆け付けた根反城の軍勢も蒲生軍に敗れます。

九戸城の南の守りは次々と敗れ去り、数日後には九戸城は落城したのでした。なお姉帯城は「氏郷記」では「穴太井」と表記されています。古老の発音とも符合しています。





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