秀吉の奥洲仕置き

秀吉は天正19年(1591)6月、南部信直の要請により出陣を決めた。伊達政宗の不審な動きをけん制するため南部家への援助を名目としていた。前年は胆江一揆が起こり、伊達政宗に嫌疑がかけられ、それらの不審な動きを封じ込めるための仕置き軍であった。

九戸攻略の遠征軍は、総指揮官に蒲生氏郷、総奉行に浅野長政、徳川家康の代理人として井伊直政、後詰めとして羽柴秀次、横目付として石田三成、徳川家康は岩出山での大気であった。秀吉軍は総勢3万5千人、奥羽の諸将は3万人が動員され、総勢は6万5千であった。

秀吉軍は7月24日に会津若松を出発した。各地の一揆を鎮圧しながら北進し、8月20日ごろには南部領内に到着した。8月23日、九戸政実輩下の小鳥谷摂州は50名の兵を引き連れて、美濃木沢で仕置軍に奇襲をかけ480人に打撃を与え、これが緒戦となった。

秀吉軍は火行で二手にわかれ、一隊は戸田、伊保内方面から九戸城に迫り、一隊は小鳥谷方面から迫り、姉帯城、根反城を攻略した。

九戸城では、万全の籠城計画を立て、武器弾薬、兵糧は十分とは言えないがある程度は貯蔵していた。集結した兵力は5千であったが、葛西、大崎の遺臣談も加わり、指揮は盛んであった。

籠城した武将は九戸政実、実親兄弟、櫛引清長、清政兄弟、七戸家国、久慈直治、政則親子、大湯四郎、大里修理、姉帯兼政などであった。



(秀吉軍の進路)


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