南部宗家の相続争

南部宗家の相続争い 

九戸政実は南部光行公の後裔といわれ、本姓は小笠原と伝わっています。南部領内随一の武将でした。本領は九戸郡一帯で、政実の時代には武功により二戸郡もしに領地に加えられたようです。

本家の三戸南部氏との紛争が表面化したのは、天正18年(1582)、宗家24代の晴政が病死し、葬儀の席上で第25代の晴継が何者かに暗殺されてからです。晴継公の死因は、表向きは病死とされたのですが、いったんは世継ぎに決まっていた田子信直や九戸政実に暗殺されたとの世評があったようです。

晴継公の死亡したため、後継者を他から求めなければならず、田子信直、九戸政実、政実の弟実親、八戸政栄などが候補でしたが、最終的な候補者として田子信直と九戸実親が残ったのです。

宗家24代晴政の長女は田子信直に嫁ぎ、いったんは南部宗家を継ぐことになっていましたが、晴政の晩年に晴継が誕生したため辞退した経緯がありました。

晴政の次女は九戸実親に嫁ぎ、兄の政実の武勇と財力を後ろ盾で一躍世継ぎ候補となったのでした。

後継者を決める重臣会議には「欠座の定」により、九戸政実、実親兄弟、田子信直は欠席しました。

会議の席上では、櫛引清長、七戸家国などが九戸実親を推薦しましたが、知将といわれる北信愛は、「晴継公の長姉婿である田子信直が至当だ、」と主張して会議は紛糾しました。そこで、最終的な判断を南部一族随一の名門である八戸政栄に判断を仰ぎ、田子信直が第26代当主と決定しました。

伝説では、田子から信直を迎え入れる際には、銃を構えた兵士が100人が守るあわただしいものだったとの事です。



(田子城跡)


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