天台寺と漆芸 令和2年8月24日

 浄法寺地方は天台寺を中心として漆文化が花開いた。天台寺にも漆文化を象徴するものが残されている。例えば聖武天皇の肉筆と伝わる「天台寺」の勅額、吉凶を占った筮竹を入れた筒、南部氏が寄贈した「補陀落場」の額などであり、深くて引き込まれそうな黒漆が塗られている。

 天台寺にどのように漆芸が導入されたが不明であるが、其の業が磨かれて、時代が下ると平泉に招かれて漆器製作を伝えたと言われている。

 世界的に知られる古式秀衡椀は、その源流は浄法寺椀とも考えられている。藤原氏の時代に、先進地である浄法寺地方で作られた椀が平泉に納められたのであろう。

 研究者によれば中尊寺にある秀衡椀は、昭和初期には浄法寺椀と呼んでいたいたということである。

 古秀衡椀と古浄法寺椀は、研究者によれば違いがあるということであるが、果たして区別がつくかどうかは不明である。ただ古秀衡椀が残っている地域は北上川の中流域より南が多いので、どうも浄法寺地方で作られたとも断言できないかもしれない。

 江戸初期以降の南部椀は、南部藩内では浄法寺椀と呼ばれていた。南部藩の古い資料によれば、古い時代の椀を参考に作ったと書かれている。その古い時代とはいつごろの事かはわからないが、三戸南部氏が盛岡に移る以前の事だと思われる。

 廃仏毀釈と霊木伐採事件で、古い時代の遺物や文書が無くなったことが何とも悔やまれるのである。ともかく些細なことでも書き残し、後世に伝えることが残された者の使命かもしれない。




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