黒森神社と長慶天皇 (令和2年7月1日)

宮古市には古くから多くの信仰を集めてきた霊山があります。その場所には黒森神社があります。黒森信仰は古来より農業。漁業に従事する人たちの厚い信仰に支えられました。。

記録によると、黒森大権現、黒森薬師観音などと称され、江戸時代には南部藩の庇護を受けてきた史実もあります。

黒森山、黒森神社が宮古当地方のみならず、旧南部領内にとって大切な信仰のよりどころで、霊域、神域でとして崇められたことから多くの伝説や逸話を残しています。 

その黒森神社には、南北朝時代の長慶天皇に関する言い伝えが残っています。大正15(1926)長慶天皇に関した古写本が発見され、それまで在位を否定されていた長慶天皇が在位認められ、実在した天皇として認証されました。

そして長慶天皇には御陵がなかったため全国規模の御陵探しがはじまりました。この時名乗りを上げたのは、全国の200箇所に及んだと言われます。

この黒森神社も、古くから身分の高い人の御陵であると伝えられてきたことから、長慶天皇の御陵であると運動が巻き、長慶天皇御陵説の旗下に集まった人々が「黒森顕彰会」を発足、会では大学教授を招いての現地調査をはじめ各種報告書を編集したそうです。

天台寺に近辺に残る伝承では、南朝方の武将を頼った長慶天皇は海路で石巻に到着し、さらに宮古、八戸などに逃れます。その後、八戸から馬淵川を遡り、法光寺、長谷寺などに身を隠した後、天台寺に逃れ、その地で没したと伝わります。言い伝えを荒唐無稽なものと思わず、長慶天皇の足跡と考えると信憑性が出てきそうな気がしています。




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