明治9年6月の謎 (令和2年6月日)23

明治96月に、陸奥福岡にやってきた羊はどこから連れてきたのかと疑問が湧きました。明治生まれの諸先輩から聞いた、下総御料牧場を手掛かりに調べ始めました。

成田市の広報誌によれば、アップ・ジョーンズ(D. W. Ap. Jones)という人物が、御料牧場の開設に大きく関わっいることがわかりました。

アップ・ジョーンズは、1830年、ア メリカで生まれ、明治初期に来日したといわれています。明治61873)年9月、自費で関東地方を回り、牧羊業に適当 な土や気候を調査し、大隈重信内務卿に綿羊事業についての意見書などを提出しました。

当時は外国人に営利事業は認められていませんでしたが、勧業権頭の河瀬秀治から「政府の雇い人とし、 政府の事業とすれば支障がない」との答申がありました。

そこでジョーンズは、明治8年に勧業寮の御雇外国人として採用されます。内務省勧業寮には牧羊開業取調掛が新設され、長官に岩山敬義 、技術面での最高責任者にジョーンズが任命されたのです。  

牧羊場開設の準備はジョーンズを中心として進められ、用地 選定のため、千葉・茨城・栃木県下の原野が実地調査されます。

明治811月、全ての用地の買収を待たず下総牧羊場が開場し、初代場長に岩山敬義が就任します。ジョーンズは東京から七栄村(現在の富里市七栄)に移ります。

 開場後、ジョーンズは、綿羊・馬などを輸入するため清国などに赴むき、明治911月には清国から、 翌年にはアメリカ・清国・オーストラリアから綿羊を輸入することに成功しました。

 また、牧羊場は明治9年以降、各府県から1人ずつ生徒を募り、 牧羊方法、牛馬豚管理方法、西欧農具用法などの講義と実習を行い、多くの卒業生を全国各地へ送ります。

 蛇沼政恒も、明治11年には下総御料牧場から羊を貸与されています。明治14年には下総御料牧場で牧羊の勉強もしています。

 しかし、成田市の広報誌を素直に読めば、下総御料牧場で羊の飼育を始めたのは、明治911月からということになります。そうすると、明治96月に陸奥福岡にやってきた羊はどこからやってきたのかという新しい疑問が出てくるのです。




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