平糠金山と江刈金山  (令和元年12月25日)

 葛巻の江刈では、かつては金を産出し大いに賑わったようです。盛岡藩から寛文 4 年(1664)に分立した八戸藩領内にあり、現在は岩手郡ですがが本来は九戸郡の村でした。

 当金山は元禄 4 年(1691)に八戸藩最大の金山として発見され、採掘を開始しました。これに伴い八戸藩では江刈金山奉行、江刈金山岩口御金奉行、また、江刈金山小屋掛奉行などを配置し、藩直営で採掘に取り組んだものです。
今でもこの頃の採掘坑道の跡が、町内各地で散見されます。

 延宝元年(1673)6 月 21 日の八戸藩日記に「葛巻之内蒲ケ沢、九戸郡の内瀬之木此両処御金山望申付而被遺候云々」の金山運上証文が残されています。金山の所在地は、盗掘防振為に明確でないが、葛巻町一帯にから金が産出されたことは確実です。

 盛岡藩領の二戸郡平糠金山とは、冬部地区の根地戸山を挟んで至近距離で接する関係にあり、根地戸山地区に鎮座する穴子観音と言う祠堂には平糠金山から採取した純金で作られた一寸八分の聖観音像が安置されています。

 東北地方有数の金山と言われるのが平糠金山です。中世末期〜江戸期には確実に金を算出していたようですが、文献的な裏付け多くないことから、隠し金山だったといわれています。採掘自体は昭和初期まで行われていたと伝わっています。金のほかにも辰砂が採れたようです。

 平糠に伝わる昔話では、「山歩きの好きなおじいさんがキノコ採りに出かけ、山の頂で見つけたのが光る砂。国府に届けたところ我が国初めての黄金とわかり、天子様に献上した。その後、金掘りが始まったが坑の入口に金の観音様をつくった。今に残る穴子観音である。」と伝わっています。

 (伝説では、一粒で最大の砂金は平糠で見つかっていると聞いたことがあります)





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