末の松山 御膳水 (令和元年9月21日)

40年前の高校時代は人文研究同好会に出入りしていました。なぜか気の合う先輩と一緒に地域の歴史などを調べて回ったものです。その中に末の松山の茶屋がありました。

末の松山は奥州街道の名所としても知られ、一戸宿と福岡宿の中間点にありました。江戸期の文献には、福岡の村松に2軒、一戸に2軒の茶店があったと記録されています。どちらも峠の麓にあった茶店です。福岡の村松には「茶屋」という屋号も残っていって、確認したら、旅人にお茶や軽食を提供した事実がありました。

一戸の茶店の屋号は忘れてしまいましたが酒なども提供していたようです。この一戸の茶店では、明治初期には末の松山に出店していたと話してくれました。結構繁盛していたようですが、あるとき泥棒に入られ店を壊されて、それ以来営業を中止したとのこと。

明治9年の明治天皇東北巡行の際は一戸で一泊され、末の松山を通り三戸方面に向かわれました。途中のお茶を淹れられた水は御膳水としてその名残をとどめています。




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