南部藩領内の酒造り (令和元年8月12日)

南部藩では寛文元年(1661)には全領内で33軒の酒造業を公認しています。その石高は五十石と少ないものでした。33軒で五十石ですから、1軒あたり二石になりません。それが天和元年(1681)には189軒に増加し、造石高も三千六百石程度まで増加しています。僅か20年で70倍以上に増加です。

地域別の増加は盛岡城下で6軒から62軒、花巻が2軒から20軒、遠野が1軒から9軒、紫波郡山が2軒から10軒、大迫が1軒から5軒、三戸が2軒から7軒、五戸が1軒から7軒と増加しました。二戸地方の詳細は調べていますが、詳細が不明です。3軒ほどは確実にあったようですが、資料をお持ちの方は教えてください。

二戸福岡地方は、米の生産量が少なく、酒米は盛岡や沼宮内方面からの移入に頼ったらしく、少しの凶作でも酒造りが中止されたと想像されます。

軽米町の元屋五郎助は、造酒高八国の免許を受ける際に五十両の税金等を納め、生産量は十一両二歩二朱と記録されています。それを約七十両で販売し、利益は約十八両でした。この税負担の割合は、令和の時代とほとんど変わらないということです。

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