米の酒は夢だった (令和元年8月12日)

「あたいなき たからといふとも ひとつきの にごれる酒を あにまさらめや」

この歌は詠み人知らずですが、酒と日本人が古くから付き合ったことを伝えている素晴らしい歌と思います。

高校のころに片足を突っ込んでいた人文研究同好会で、二戸地方の酒文化を調査したことがありました。その際に、何かの文献でこの歌が書かれた文章を見つけました。昭和54年の事です。

二戸地方も濁酒づくりが盛んに行われていたようで、税務署の調査を受けないように細心の注意を払っていたと聞かされました。調査の事は「酒検査」と言っていたようです。

さて、戦前の二戸地方では「稗」の濁酒が主流だったようです。広大な稗畑を耕作し、ある程度成功した農家では、最上の稗畑を水田にして稲を作ったのです。稗だと二石ぐらいの収穫があるのですが、米だと天候に左右され収穫が安定せず、平均すると五斗の主格だったそうです。

それでも米を収穫することは成功の象徴で、時々食べる白米が何よりの御馳走だったと明治生まれの古老たちは語るのでした。

そして収穫率の悪い米を作るもう一つの理由も語ってくれました。それは米の酒を飲みたいという欲求でした。

「稗の酒は後味が悪い」のだそうです。

米のほとんど収穫できない岩手の山村では、必死で水田を作った人々は、胸の中では「米の酒飲める」という希望があったはずです。

明治政府は戦費調達を名目に「酒」に税金を課しました。非常時の政策としては理解できますが、平時の政策としては愚策です。そしておかしなアルコールを水で割っただけの悪酒を国民に強要するのは全く馬鹿げています。

昭和の時代に比べて日本酒は格段に美味くなっています。水飴を混ぜていないのでべたつきません。何よりも酒造元が良い酒を造り始めています。

日本酒で乾杯!




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