Vol.8

 岩手県を代表する漆器に浄法寺塗と秀衡塗があります。秀衡塗は菱形の金箔と模様が特徴的ですよね。平泉文化を花開かせた藤原秀衡の名が付いている由緒ある漆器です。
 
 ただ、秀衡塗のルーツとされている「秀衡椀」という呼称は、なぜ「秀衡椀」の名がつけられたのかは分かっていないのです。浄法寺塗は瀬戸内寂聴尼で知られる天台寺がルーツであることが分かっています(これも伝説の域を出ないとの説もある)が、秀衡椀は少し謎めいています。
 
 中尊寺と天台寺の歴史的関係を考えれば、同じような文様の古い漆器が存在していたことは、歴史的にも何らかの繋がりがあったことを暗示していると思います。
 
 よく間違われるのが秀衡塗と秀衡椀です。秀衡塗という名前は大正時代に当時の盛岡市長によって付けられた名前で、もともと盛岡の名産品として始まりました。秀衡椀は古くから存在していますが、秀衡椀の歴史=秀衡塗ではないのです。
 
 古い秀衡椀は確かに現存しているのですが、その歴史を綴った古文書などはほとんど存在していません。何かの資料に、秀衡椀は元々は南部椀と言われていたとったように思いますが、定かではありません。柳宗悦氏もそのようなことを書いています。

南部の名を有つものに古くから「南部椀」があります。時にはこれを呼んで「秀衡椀」という人もあります。出典柳宗悦『手仕事の日本』(岩波文庫)

個人的には↑が真実かとも思っています。

 
 
現在の秀衡塗 南部箔椀

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