工芸志料Ⅱ   

平凡社から出版されている工芸志料は、太古から明治初年にいたる日本工芸の歩みを,膨大な古文献を渉猟駆使して叙述する名著。

類書のない貴重な史料集として,またユニークな通史として,本書は今なお不朽の名声を保っている。

その中で浄法寺椀に関する記述。


・・・工芸志料328ページ・・・
○高倉天皇の御宇、陸奥の南部の工人漆器を製す。これを南部椀という。

・・・工芸志料332ページ・・・
○天正年間、此の際陸奥の会津の工人、或いは南部椀模擬し或いは新意を出して多く漆器を製す。これを会津塗という。

 高倉天皇は応保元年9月3日(1161年) - 治承5年1月14日(1181年)は、平安時代末期の第80代天皇。
 在位:仁安3年2月19日(1168年) - 治承4年2月21日(1180年)である。この時代は平泉文化の末期と重なる。
 この頃に、陸奥の南部の工人とは、どの地域の工人かは悩むところである。
 ここでいう南部とは、南部氏の事であろうから、未だ陸奥の北部には勢力を持っていない。

 天正年間に、九戸城攻略の責任者は蒲生氏郷であり、一説には九戸攻略後に漆工職人を会津に連れ帰ったとある。江戸期以降、浄法寺と会津の漆工はお互いに品物や漆を融通したと思われる資料も残っている。

(画像;古い會津椀)
 
 


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