天台宗六所宝塔

天台宗六所宝塔

 仏教により国家鎮護は、平安期の大和朝廷にとっては国家を挙げた旗印であった。9世紀半ばには、その理想を実現するために天台仏教は六か国に法華経を置く塔を建てた。

 関東以北では上野国と下野国の二か所に建てられた。そして天台仏教は、その理想をさらに北日本にも実現させようとして、日本国の当時の最北端であった岩手郡よりも北の、当時は蝦夷の勢力下にあった七時雨〜奥中山〜軽米以北に天台寺院を建立したと思われる。

 上野国と下野国に建てられた天台宗六所宝塔がある場所は、どちらも「浄法寺」と呼ばれ、ともに畠山重忠に連なる一族の勢力圏内であった。

 中世の戦国武士である陸奥浄法寺氏も畠山重忠の後裔を名乗り、その領内に「天台寺」と呼ばれる天台寺院がある。歴史的に東国地域の天台仏教の中心寺院が浄法寺とばれ、畠山重忠伝説ともつながるとすれば、素直に歴史を考えると、陸奥浄法寺の天台寺も当初は浄法寺と呼ばれていたと思われる。


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