陣場台熱球録 web版 その107

 大正15年春に福中を卒業した中津川昇二投手は明治大学に進学し、すぐに天地俊一に才能を見いだされ早稲田戦に登板する大抜擢を受けた。緊張のあまり、泣きながらの投球であったが期待に応えて完投勝利を飾った。

 以後、明治大学を卒業まで中心選手として活躍し、戸来誠、鈴木銀之助の福中後輩選手が明治大学に進学する道筋をつけたのであった。

 卒業後は盛岡鉄道に進み、そこでも中心選手として活躍した。仙台工高から盛岡鉄道に進んだ福中の小向八郎とともに全国鉄道大会での優勝の原動力となった。

 八戸駅前の京谷電機に婿入りし、京谷姓に変わっても福中・福高の野球には何かにつけて駆け付け、後輩の指導に当たった。

 長く八戸地域の福陵会の役員として活躍し、7回目と8回目の甲子園出場に際しては多額の協賛金を集めてくれたとも伝わっている。

 
(昭和3年 明治大学野球部)


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