陣場台熱球録 web版 その98

日ノ出倶楽部の活躍 

 HのユニフォームはOBチームの「日ノ出倶楽部」のものであった。大正末期から日の出倶楽部は、北奥羽の強豪チームとして知られていたが、常に福中の選手が数名参加するといった混成チームであった。

 北奥羽の社会人大会で優勝したのを記念し、縁起もよいことから福中でも大正15年秋からHのユニフォームを採用したものだった。

 当時の強豪として知られた鉄道関係のチームとも互角に戦ったようだが、盛岡中学だけには苦戦したと伝わっている。

 大正14年、大正15年と2年続けて盛岡中学に敗れてしまった。その不運を払拭しようと採用したのがHのユニフォームであった。

 昭和2年夏、盛岡中学で開催された東北大会決勝で、わずか一安打で盛岡中学に雪辱し、Hのユニフォームは縁起の良いものとなったのである。

 甲子園球場でHのユニフォームが躍動することを期待したい。




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