陣場台熱球録 web版 その95

甲子園4回出場の小野岩蔵

 昭和6年にエースとして活躍した小野岩蔵(後に改姓し畑中姓)は、昭和2年も控え投手として甲子園大会に出場し、昭和3年、昭和4年、昭和6年と甲子園大会に出場した。

 昭和5年も東北大会決勝まで進出し準優勝だった。もしもこの時に出場していれば、夏の大会だけ5回出場の大記録だっただけに、終生そのことを悔やんでいた。

岩手県でいえば突出した出場回数であり、現在のルールでは絶対に破る事のできない大記録である。戦前は、春の大会を含めれば9回の出場が可能であった。ベンチ入り含めれば岡村俊昭、波利熊雄、光林俊盛(いずれも平安中)があるが、本当に偉大な記録である。

「俺の右の薬指がかけている。なぜなら4年生の時に甲子園に行けなかったからだ。」が口癖であった。

当時としては180pの長身で、コーナーに投げ分ける頭脳的な投球術で福中の全盛時代を築いた名選手である。




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