長谷川伸の相馬大作と津軽頼母

長谷川伸の『相馬大作と津軽頼母』

相馬大作を語るうえで読んでほしい資料に長谷川伸の『相馬大作と津軽頼母』があります。

 相馬大作を裏切った刀工の一人徳兵衛は、身の危険を感じながらも相馬大作を最後まで手伝い、犯行予定現場まで相馬大作に同行し、その後に相馬大作の行動を江戸の奉行所や弘前藩で証言しています。

弘前藩にはその功績によって武士に取り立てられました。徳兵衛の子孫である菊池武夫は、弘前藩が悪者扱いされている多くの「相馬大作物」の存在を憂い、作家長谷川伸に家に伝わる文書一切を預け、その資料を基に書かれたのが『相馬大作と津軽頼母』です。

長谷川伸はその文書から研究を始め、さらに多くの史料を集め、相馬大作物の「トンチキさ」に気づいたといわれます。

長谷川は小説『相馬大作と津軽頼母』を『大衆文芸』誌1943年1月号から1944年2月号まで連載し、戦後には触れ書き改めています。長谷川は自身の小説『相馬大作と津軽頼母』を「事実に近いノン・フィクション小説」としています。

この小説によって弘前藩の冤はかなりすすがれてもいるが、弘前藩の反省点も同時に描かれています。相馬大作が一番こだわった津軽氏の出自に関して、弘前藩用人の笠原八郎兵衛による江戸での強引な工作に反感を感じた奉行の青山忠裕は、わざわざ「津軽家古来、南部家臣下の筋目」などと判決文に相馬大作の言い分を全面的に取り入れたとしています。

津軽頼母は笠原八郎兵衛と対立する弘前藩の重臣で、より広い視点から事件を見ており、勇猛な考えを持つ藩士が多い中、思い切った行動を取りながらも事件を穏便にすまそうとする人間として描かれています。




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