陣場台熱球録 web版 その13

  福中卒業後、仙台高工に進学し野球部主将として活躍していた小向八郎が大正12年の春に帰省した。目的は福中野球部後援会の実力者である国分喜一を説得して、福中野球部をを全国大会の予選に出場させるためであった。小向の熱意を感じた国分は、千浦家光、十文字長吉、古館末太郎などの後援者を集めて東北予選出場を伝えた。すぐに学校当局の了解を得て、大会本部に申し込んだが締め切りが過ぎていたために出場を果たせなかった。

 次年度へ向けて福中生を鍛えようと思い、8月21日に行われた八戸沢田呉服店主催の「五郡連合実業野球大会」に、辻村勘治主将他の福中選手を引き連れて参加し見事優勝を飾った。実質的に福中生主体のチームであり実業団相手に優勝したことで大きな自信となった。

 実業団大会へは「日ノ出クラブ」というチーム名で出場した。日ノ出クラブは、それまでのOBチームである「形水会」が名称を変えたものあり、伝統的な「H」のユニフォームを着用した記念すべき大会であった。
 



記録に残る最古の「H」マークの写真

 

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