陣場台熱球録 web版 その12

 
 大正12年夏、福中野球部はOB小向八郎の尽力により全国大会の予選出場を決意した。 この年は残念ながら締め切り後のために大会出場はならなかったが、一関、仙台遠征も挙行し「FUKUOKA」と入った早稲田カラーのユニフォームを新調した。

 応援団が正式に学校から認可されたのもこの年で、初代の団長に山岡米蔵(写真中列左から二人目)を選出した。



中列右から二人目が昆徳治。後列右から三人目が中津川昇二投手で、その左の長身選手が小坂国夫捕手。


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