陣場台熱球録 web版 その10

 大正7年の一高野球部(旧制一高)は、早稲田、慶応などを撃破して日本野球界の王者に返り咲く。その原動力はエースの内村祐之であった。内村祐之は宗教学者の内村鑑三の長男で、後年はプロ野球のコミッショナーを務めた。プロ野球の発展を願い放映権のプール制などを提案したが、オーナー会と対立して辞任した熱血漢。


(大正7年一高野球部。2列目向かって右から二人目が内村祐之)


(福中のエースとして活躍した村田幸雄)
 

 大正6年には、バッテリーを組んだ中松捕手とともに福岡にやってきて、福中の臨時コーチに就任した。福中の村田幸雄と佐藤捕手に投球術を授けた。

 福中野球部は、一関中学に遠征し東北大会を制し全国大会出場を果たした一関中学に3−2で勝利する殊勲の星を挙げた。

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