馬場のぼるさんとの思い出

馬場のぼるさんは、青森県三戸郡三戸町の出身。
正確に言えばカシオペア連邦の出身者ではない。
しかし、旧制の福岡中学を卒業し、後年まで母校の野球部を愛し、何かにつけて母校ために尽力してくれたのである。

馬場のぼるさんは、昭和55年8月にひょっこり母校を訪れた。
この年に福岡高校野球部は9回目の甲子園出場を果たした年である。
本当は、野球部の激励にやって来たはずであるが、野球部は甲子園に向かって出発した後であった。

学校長はなぜか、馬場さんの相手に私を指名した。
もちろん馬場さんのことは知っていた。
何がきっかけかは忘れたが、馬場さんが好きだった蕎麦店に行くことになった。
馬場さんと二人っきりである。

馬場さんは蕎麦店へ行くと、まずは中華蕎麦を注文した。
そして、瓶ビール、シナチク、チャーシュー。
私も中華蕎麦をごちそうになった。(公式には絶対ビールは飲んでいない)


(馬場さんと訪れた蕎麦店。数年前に建て替えられた)

そうしているうちに、馬場さんからサインを頂きたくなった。
ちょっと用事を足す振りをして近くの書店へ走る。
全集なのに無理を言って一冊だけ「馬場のぼる集」を売ってもらうことに成功!。
蕎麦店に戻り、失礼を顧みずサインをして頂いた。


(天狗山書店のあった場所。こちらも数年前に数年前に建て替えられた)


いろんな話を聞いたが、印象に残っているのが馬場さん入学早々のエピソードだった。
入学式を終えたばかりの教室に、突然応援団幹部が入ってきて、「一年生は放課後に校庭に集合。」と号令をかけたそうだ。
唱歌(応援歌)の練習でもれるのだろうと、おそるおそる放課後の校庭へ。
しかし、そこに並んでいるのがツマゴ。
ツマゴとは、雪の中を歩くために藁でつくった靴。
5年生の応援団が先頭に、1年生がツマゴを履いて校庭を走る。
30分も走ると、校庭が固まり野球をやれるグランド状態になった。
「ご苦労山。これを食え!!」と言って渡されたのが焼き芋。
鬼と思っていた5年生の意外な言葉と、グランド作りのアイディアに感心したと懐かしそうに話したのであった。

その後、馬場さんは中華蕎麦の他に、かけ蕎麦も注文した。
意外と大食いだった。








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